去年の1月から始まった子供の異常行動。すでに1年と2か月がたちました。長いです。
ようやく原因が見えてきた?のかもしれません。実現可能か同課は別として「こうすれば解決するかも?」という一つの道が見えました。
まず、異常行動の原因は何か?ですが…根本の原因は私にありました。
私が高次脳機能障害になるほどの重大な病気をしてしまったのが始まりです。
子供は変わり果ててしまった私を見て大変なショックを受けたはずです。当たり前です。ある日突然まともな受け答えができない状況になったのですから。
1か月の入院生活で少しはましになりました。ほんの少しだけです。かろうじて近所のイオンに散歩に行ける程度です。簡単な買い物すらできない状態です。
このころは子供は必死に頑張ってくれました。
私が入院していた頃は毎日妻が付き添ってくれていました。つまり子供は家で独りぼっち。突然の独りぼっちです。すごく寂しかったでしょう。かわいそうなことをしました。
この時期に子供は自分でお昼ご飯を温めて食べることを覚えました。
誰もいない自宅に「ただいま!」と元気に帰ってきていたはずです。寂しかったろうに…。
退院した私は半年間は全くもってつじつまの合わない人間となっていました。
スグに消えてしまう記憶を何とかしようと、必死でした。本当に死ぬかもしれないような勢いでした。
そのため全く心に余裕はありません。子どもが心配して声をかけてきても、辛く当たって追い返していました。そのたびに子供は泣いていました。酷い父親です。最低愛悪。
そんな私でしたが、なんとか立ち直ることが出来ました。
稼げる額は減りましたが働けるようにもなりました。少しずつ脳が回復していきました。
易怒性がきつかったのですが、それも落ち着きました。元の性格に戻りました。
そんな私を見て妻はパートに出る決意をしました。朝から晩まで外で働き始めました。
子供からすれば、「ただいま」と言えば「おかえりー」と二人が迎え入れていた家に誰もいなくなってしまった世界に放り込まれたようなものでしょう。
それでも子供は理解していました。頑張っていました。私に声をかけてくれていました。お昼ご飯を用意してくれたりもしていました。とてもけなげな子供でした。
子供はママがパートに出るときは猛反対したそうです。
「ママいかないで!」
それでも子供は頑張り続けました。
こうして2度目の試練を乗り越えていたのですが…新しい試練がやってきました。
「コロナ」
です。また仲の良い友達も転校してしまいました。次から次へと襲ってくる試練。
子供は強くおびえたそうです。
なにせ病気に罹った人間がどうなるのかを目の前で見てきたのですから。PTSDなのかもしれません。
- 病気が怖い。
- 大の仲良しの友達が転校した。
- 学校に話の合う友達がいない。
ついに学校へ行く気力が尽きてしまいました。
家では大量の涎を垂れ流しています。一日こたつでごろごろ。ガンプラをいじっているだけ。勉強は何度も言われてやっとこなす程度。
学校には行けません。本当は行きたいそうです。行かなければならないと理解しています。
でも学校に行くエネルギーが無くなってしまいました。
エネルギーを満たすお母さんもいません。外に出ています。ずっと空っぽのままの状態。
歯医者もいけなくなりました。
外に出るの怖いからです。学校に行けないのも外に出るのが怖いから。
とにかく外出そのものが恐怖となりました。
…いや外出どころではありません。「窓を開けることすら恐怖の対象」となりました。
洗濯物を干したり取り込んだりするときに窓を開けるのですが、それすらも耐えられないようです。窓を開けようとするとその場から逃げ出します。外は恐怖の世界でしかないのです。
そしてついに子供が言いました。
「病院へ行きたい」
以前は猛反対していた心の病院です、
今、子供の表情はとても暗いです。眼が据わっています。
そして時々動きが止まります。まるでゲームのキャラクターがプログラムの不具合で固まってしまうように止まります。
そしてよだれを垂れ流します。
少し経つと再び動き始めます。
それが心が折れてしまったうちの子の現状です。
それでも少しずつ変化があります。症状固定ではないのです。
よくなりますように。
また笑って過ごせる日々が戻ってきますように。
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