スポンサーリンク

高次脳機能障害になってから2年と2か月目の状況|回復の希望はある!

インフルエンザ脳症になったのは2019年1月17日。今日は2021年3月2日。ということは2年と2か月になろうとしているのかな。

その日、救急搬送されて検査が終わり、ベッドに横になっていたとき、子供が横にいたんですよね。(いたらしいです)

平日だったから不思議に思って「学校はどうしたの?」って子供に確認したらしいです。私は。

まぁ朝起きたら脳が腫れ上がっていて支離滅裂状態になっていたのに、学校どころじゃないと思いますが…

そんな自分の周りのことは全く想像できない状態だったので。

っていうか、脳が腫れ上がっている自覚すら全くなかったんですよね。何もかもが普通に感じていたと思います。熱はありましたね。確か。なにせインフルエンザに罹っていましたしね。

子供には「今日は学校どうしたの?」って何度も質問をして泣かせてしまったらしいです。

そりゃそうですよね。自分の親の脳が壊れてしまった瞬間を見せつけられたのですから。恐怖しかなかったでしょう。

あの頃は「退院したらすべてが元通りの生活」って信じていました。「仕事も元通りに再開できる」って信じていました。1㎜も疑っていませんでした。

…たぶんこのフレーズ、このブログで何度も何度も何度も書いたと思います。でもやっぱり「退院したら元の生活に戻れる。」って信じて疑わなかったのって病識の無さの典型ですね。相当重症でしたね。

重症と言えば病識が無い以外にも、見当識も滅茶苦茶でした。自分が入院した病院が分からないのです。

今いる場所を妻に聞かれると20年ほど昔に入院した病院の名前を答えていました。

家の住所は答えられませんでした。30年前に住んでいた小さなアパートが頭に浮かんできましたね。で、そのアパートの住所を答えていました。

それを目の当たりにした妻も生きた心地がしなかったと思います。大学病院の主治医からは後遺症が残りうる一か八かの治療をしないと一生寝たきりになる宣言儲けていましたし。

ちなみにこの後遺症とは、骨の分裂が止まって歩けなくなる後遺症を指していました。

さて、そんな修羅場から2年以上が過ぎました。今はどんな感じなのかというと…

体の方は健康状態です。治療の副作用で骨が砕けることもありませんでした。易疲労も解消しました。なんせ自転車で100Km近く走れますから。ここまでやって易疲労はないでしょう。って感じですね。

仕事はシステムエンジニアの仕事を再開しています。今も続けています。ありがたいです。

高次脳機能障害の人がやる仕事ではないと言われましたが、石にかじりつく思いで周りに迷惑をさんざんかけながらここまでやってこれました。感謝です。

記憶障害に関する後遺症の度合いは少しずつ減ってきてはいると思います。が…やっぱり悩まされていますね。

どんな高仕様を実感しているのかまとめると…

スポンサーリンク

高次脳機能障害2年と2か月目の困りごと

疲れると記憶力が落ちる

一番困っているのは、夕方になると記憶力が落ちることですね。

診察を受けている千葉リハからは「疲れるとパフォーマンスが落ちる」と言われていますが、まさにその通りです。

私は過集中の傾向が元々あります。これは健常者時代からです。一時期は過集中が暴走しすぎて大変な騒ぎを起こしたこともあります。

今は程よく集中できていると思います。そのため日中の仕事は上手くこなせています。時々ミスもありますけれど。

ただ、夕方ですね。夕食の準備をしているときに昼間の反動が一気に来るようです。

特に顕著なのが、夕方になって妻から「昼間何を食べたの?」といった記憶力を使う質問をされた時。

脳が一気に酸欠状態になり「はぁはぁ」言い始めてしまいます。非常に疲れますね。どうやら疲れている時間帯に記憶力を使うことに脳がまだ慣れていないようです。一気にパフォーマンスがガタ落ちします。精神的にも辛いです。

ちなみに一日中自転車に乗りまくりバテバテになった時は、ハァハァいうことは在りません。

不思議ですよねぇ。体を使ってバテてもハァハァと酸欠になることはないのに、たった一つの記憶をたどる質問を受けただけで「はぁはぁ」息切れ状態になるのですから。

これってどうなんでしょうねぇ?脳に悪いのかなぁ?それとも脳への刺激となっていい事なんでしょうかねぇ?誰か教えて欲しいです。

脳が酸欠になるほどフル回転するってことは、脳を刺激しまくりってことだから、新しい細胞が作られたりしないんですかねぇ?

酸欠になった分だけ脳が回復して障害が解消していけばいいのですけれど。

とっさの対応についていけない

私は電話が苦手なんですよね。元々。どうやら音の情報に弱いらしいです。

でも電話ってかかってくるんですよねぇ。電話を受けるとメモを取りながら話すことになるのですが、自分のペースじゃないじゃないですか。

だからところどころしかメモを取れないんですよね。電話を切った直後に後で読み返すと「なんだこれ?」ってメモ書きになりがちなんです。

この状況に凄く参っています。

私の高次脳機能障害は音声による言葉のやり取りをした際に強く出るようです。電話の声は殆ど記憶にとどまっていない感じです。

電話を切った直後に「あれ?何を話したのかな?」ってなります。これ結構辛いですね。

逆にメールなどの目で読む文章は問題なしです。じっくりと腰を据えて確認できますし。この通りブログの文章も書けますしね。文字情報には強いようです。

もし私が次の仕事を探すとしたら、音声だけのやり取りの職場は避けます。かならず文字情報が確認できる職ですね。

あとは…目まぐリしく変わる状況にとっさの判断をするというのも苦手です。

「なぜそうするのか?」なんて考え込んでしまいます。そのため処理速度が人よりも遅くなりますね。その代わり「なぜそうするのか?」の答えを見つけると人より作業が速くなりますが…。これって昔からの私の特徴ですが、それが増強されているようです。

今は「なぜ文章化されていないんだ!」ってイライラするようになりました。たぶんこれは頭が固くなってしまう症状の一つなのかもしれません。

まとめると今の高次脳機能障害はどんなかんじ?

  • 処理能力は殆ど元に戻ったのかもしれない。
  • でも音の情報にはめっきり弱くなった。
  • 夕方になると疲れで記憶があやしくなる。
  • 注意力はかなり元に戻った気がします。
  • 二次障害(?)の自信喪失はだいぶ改善した。
  • でも自信喪失状態はまだあり臆病になっている。
  • 臆病ゆえに新しい失敗をしてしまう負の連鎖が起きている。
  • 一時期のように感情が乱れることは無くなった。
  • 体力は元通りになった。
  • 発想力などは元通りになった。
  • 気持ちが内向きから外向きに変化してきた
  • 新しい事へのチャレンジ心が芽生えてきた
  • 仕事の困りごとを以前通りに乗り越えられるようになった
  • スケジュール管理がうまくできるようになった

だいぶいい方向に周ってきている気がします。

運転再開をした去年も相当回復したと実感していましたが、その頃と比較してもさらにレベルが上がっていると思います。

私入院当時からこう思っていたんですよね。

「もう治ったよね?」

って。

で、あれから2年と2か月多多今も思うんです。

「もう治ったよね?」

って。

妻に何度聞いたことか。そして「まだ治っていないよ!」って何度言われてきたことか。

今は

「障害の完全克服までもうちょっとだよなぁ。」

なんて考えています。高次脳障害は解消する人もいる!ですね。

それとも誤診だったのかなあ?

いやいや、MRIでは脳に傷がついている証拠が写っていたし、千葉リハでみっちりと心理検査と診察を受けた結果が「高次脳機能障害」なんですよね。

【希望はある】ってことなのかもしれないです。

コメント

にほんブログ村

タイトルとURLをコピーしました