自暴自棄になったあの日が障害克服への最初の一歩?記憶障害を振り返る

高次脳機能障害体験談~退院後~

高次脳機能障害を克服したと言える条件ってなんだろう?

たぶん自分の現在の状態を把握できるかどうかなのだと思います。

高次脳機能障害の当事者が障害を把握するのは難しいなと思った

足が折れたなどの見てわかる肉体的な状態だったら、誰でもすぐに自分の状態に合点がいきます。「あぁ自分は骨折したんだ。だから歩けない。松葉づえが必要だ。松葉づえがあれば何とか移動できるな。」こんな感じで。

でも高次脳機能障害のように脳に障害を負った場合は、自分で自分が見えません。自分が行う辻褄の合わない行動に気づけません。だってそれが正解だと信じて行動しているわけですから。疑いようがないのです。

例えば、自分の体の匂いってわかりませんよね。人からさんざん言われて「あぁ自分はこんな匂いなんだ」みたいに自覚するのだと思います。高次脳機能障害もそれと同じなんじゃないかな?と考えています。

だから、中途障害の場合は自分の障害の状況を把握するのに時間がかかる。頭では理解できるけれど、身に染みて理解はできない。

高次脳機能障害って自分の入れ物が突然変わるようなものですし、あり得ない経験ですしね。仕方がないと思います。

でも確実にわかることがあります。それは「不便になった実感がある」ということ。

「よくわからないけれど、疲れやすいし、物忘れが激しい気がする。」

私の場合はこんな感じでした。だけど、こうとも考えていました。

「すぐに今まで通りに仕事が再開できる。」
「運転再開はすぐにできる。」

実際は違いました。自分を理解するまでに1年かかりました。

自分の障害の理解とは失った機能を実感すること。実感するために必要なのが【不便さを感じること】だと思います。

健康だった頃と同じようにいろいろとチャレンジしてみる。でもなぜかできない。

まだ健常者だったころの自分が基準なので仕方のない事です。だから訳も分からず気が狂いそうになるまで、もがきました。それでも出来ませんでした。この時が障害を受容するための最初の壁だったんでしょうね。

そのうち、自分はもうダメになった(できなくなった)のだと理解するようになります。

どう対応すればいいの?と考えはじめるきっかけになります。あれこれと対策をとりはじめます。

対策を考えて実践する。ひたすら試行錯誤の繰り返し。

初めての経験です。不慣れです。周りには誰も頼れる人はいません。妻は手伝ってくれましたが、やはり最後は自分です。自分で対策を考えて行動しなければ、障害は乗り切れないと思っています。だって、自分以外の人間には想像できない状態なのですから。

でも、最初のうちは難しいですけどね。そもそも自分自身が障害のためにまともな対策が取れないのですから。もう滅茶苦茶になりました。

思うのですが「健常者時代にどういう過ごし方をしてきたのか」って結構大事なんだなって思っています。

私にはITと工場の現場改善という二つの技能があります。この技能が高次脳機能障害によって被る不便さのフォローに繋がっていると感じています。

そんなわけで今回は、自分の障害の振り返りをしたいと思います。記憶障害、注意障害、遂行機能障害この3つの障害は自分にとってどういうものなのか、体験事例を加えながら書き出してみます。

もやもやと頭の中に記憶されてる経験を文章にして整理整頓をする。頭の中を人に理解できるように文章にする。非常に良い脳のリハビリになりそうです。大学病院の心理の先生も言っていました「過去を振り返って書き出すのはお勧めだよ!」って。

記憶障害ってどんな感じ?

高次脳機能障害の中では記憶障害が一番イメージしやすいかもしれませんね。記憶を失ってしまうという物語って普通に見かけますものね。私自身がそうでした。

元々のイメージがあるため最初に認識できた障害ですが、ちょっとイメージしていたものとは違う現実がありました。

記憶障害って「ここはどこ?私は誰?」的なものを想像すると思いますが現実は違います。記憶障害って二つあるんですよ。そこから違うのです。

過去のことを忘れてしまう記憶障害

「私には昔の記憶が無いの!」「記憶を取り戻したいの!」

…ドラマで見かけたことがあるようなセリフですが、普通は記憶障害と聞くとこちらを思い浮かべると思います。「昔のことをすっかり忘れてしまって思い出が何もない。」みたいな。

実は私の記憶障害はこうじゃないんですよね。昔のことは完璧に覚えています。普通です。

出身地や誕生日などの情報だけにとどまらず、保育園時代に見た「ママと遊ぼうピンポンパン」や「ロンパールーム」の内容もうっすらとですが覚えています。

小学校4年生の時に暗記した円周率なども覚えていますよ!(3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820) 最後の数桁が怪しいけれど、毎回この数字が記憶から出てくるので記憶の再現的には問題なしです!

最近のことを忘れてしまう記憶障害

私の記憶障害はこちらです。最近のことが思い出せません。っていうか、厳密にいうとインフルエンザ脳症になった2019年1月17日の前1か月ぐらいの記憶が完全にどこかに消えてなくなっています。思い出せません。

そして2019年1月からの記憶は…毎日記録しているノートを読み返して何とか定着したような…そんな感じですね。

この障害を負ってから、基本的に記憶が定着しない毎日を過ごしてきました。

過去が積み重ならないのって本当に空しかったです。シャレにならない辛さです。経験がどんどん記憶から消えて行きます。未来にも希望が持てず真っ暗闇になります。たった今のこの瞬間だけが目の前にあるって感じですからねぇ。

あれから1年半が経過していますが、今では最近の出来事が覚えられるようになりました。やっと自分の過去を積み重ねられる状態に戻れました。うれしいです。記憶がまともになり始めたのは去年の秋ぐらいからですかね。

なぜ最近の記憶を忘れてしまうの?

記憶って保管場所が2か所あるんです。

まず一時的に記憶を保管しておく場所。ここは海馬っていう脳の器官の役割です。外部から伝わってくる情報は、まずこの海馬に1か月程度納められるそうです。そして大事な情報のみを記憶の正式な倉庫である大脳皮質に記憶する。こんな流れになっています。

で、インフルエンザ脳症で壊れちゃったのがこの海馬という部分。とりあず大脳に記憶する予定だった1か月分の記憶の一部が壊れました。

そしてその後に入ってくる記憶は、書き込みは正常にできるようですが、取り出すときに混線状態で取り出すようになってしまいました。

記憶そのものは脳に正しく書き込めているようです。そして保管も正しくできています。でも、記憶を取り出すときに全然違うところから引っ張り出してしまう。そんな不思議な状態。

やろうとしていることと結果が異なってしまうような記憶障害でした。

身の危険を感じた厄介な記憶障害

記憶障害って不便です。でも不便だけならまだましです。

「これやばすぎだろう…すっごい怖いわ…」と真っ青になったエピソードがあります。

先ほども述べましたが、私は記憶を変な所から取り出してしまう障害です。ということは、全く関係のない記憶を引っ張ってくるというわけです。これってすごく怖い事。

だって、起きていない無い事実を現実のものとして認識してしまう危険性があるのです。

私はその経験をしたことがあります。自分で気が付いたときゾッとしました。

朝、何気なく仕事用のメモを確認したんですよね。その時は良かったのですが、少し時間が経過してからメモの内容を錯覚し始めたのです。

自分のことを悪く責め立てる内容が書いてあったと、記憶を改ざんして思い出していたのです。

この日は1日中荒れていました。

「朝、確認したノートに自分を責め立てる酷いことが書いてあった。もう自分には価値が無いんだ。これ以上頑張るのはばかばかしい!何もかもやめてやる!」

こんな感じでイライラしっぱなし。自暴自棄になってもう滅茶苦茶。妻はとても心配そうにしていました。「無理に頑張らなくてもいいんだよ」って慰められました。

でも夕方になってノートを見た時に気が付くのです。

「あれ?ここに私の悪口が書いてあったはずなのに…???」

私を責め立てて1日中イライラさせていたノートのメモ書き。確かに、ここに書いてあったはずなのに…。

そこに書いてあるのは単なる業務連絡でした。

「…記憶を改ざんしているのか!?自分で!」

寒気がしました。ありえない事だからです。

記憶の改ざん。

その結果、悪い情報で頭の中がいっぱい。

これが脳の障害?

…自分で自分がとても恐ろしいと感じた瞬間でした。

記憶障害になると悪い記憶だけが残ると聞いています。残るというよりも、何気ない日常のできごとすらも悪い記憶にすり替ってしまうようです。

何もかもがマイナスになるわけですから精神的にかなり参ってしまいます。危険です。

でも、この日以来記憶違いに悩まされることは無くなりました。

ごくまれに「あれ?」っと感じることがあった時は、出来事を記録しているノートを確認します。すると全くの勘違いだと気が付けます。

「誰も私の悪口を言う人はいない。」「そもそもそんな人は周りに無い」という事実の再確認にもなりました。自信が付きました。

「私には価値が無いと悪口を言っている」そう記憶違いをして自暴自棄になった日が、記憶障害を克服した日なのかな?と思っています。

※長くなったのでつづきます。

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