入院中の高次脳機能障害者への理解が不足している

「高次脳機能障害ケアプログラム開発に関する研究」という文章を見かけました。その中に「なるほどなぁ。そうだったよなぁ…」と思える部分がありました。

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https://chubu-gu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=483&item_no=1&attribute_id=20&file_no=2

私がなるほどと感じた部分は「一般病院では、高次脳機能障害に対して全般的な理解の不足が生じていた。」という一文です。

私は急性期に大学病院に入院していました。その病院で早々に「高次脳機能障害」の診断が出ていたかな?出ていたような気がします。「記憶力に問題が出ている」と記憶の心理検査を毎日していましたし。

地域でもかなりレベルの高い大学病院だと聞きました。実際そうだと思います。

私は最初インフルエンザ脳症と診断されていたのですが、入院中に「ヘルペス脳炎」や「自己免疫性脳炎」なども検討されていたそうですから。

MRIやCTなどの検査を行うときは歩きません。必ず車いすが用意されました。待合室で待っているときはおつきの人は席を外しますが、検査が終わるまでにはおつきの人が車いすを用意してくれていました。

徘徊も警戒されていたようです。ベッドの下にはセンサーも設置してありました。入院病棟から一般病棟に出るためにはかならずナースステーションの目の前を通らなければなりません。

入院中は「大げさな対応だあ」と思っていました。「MRIなんて一人で行けるのに…」そう考えていました。でも実際は…一人でMRI室に行かされたらきっとたどり着けなかったでしょう。それどころか自分のベッドがある部屋にも戻れなかったでしょう。

たぶん恐怖で酸欠になり、脳疲労で疲れ果てて寒い冬の廊下にうずくまっていたと思います。

誰かに助けを求める事も出来なかったでしょう。その発想がありません。というか「助けを求めるなんて恥だ!」という謎の易怒性を発揮して遂行機能障害を起こしていたと思います。それとも辛い現実に泣いていたかな…。

高次脳機能障害ってこういう障害なんですよね。入院先の病院に理解が無いと、きっと私のようなひとはパニックを起こして何もできなくなっていたと思いますよ。

パニックと言うと「怯え」とか「興奮」とかですね。感情が暴走している状態です。

イライラが募りまくって毎日怒鳴り散らす患者になるか、落ち込み過ぎてうつ状態になって何もできなくなる患者になるか… そんな二択の世界が見えます。

私はどちらかと言うと、入院中は落ち込みまくっていました。毎朝窓から朝日を眺めては泣いていましたからねぇ…。

大学病院の朝は早いです。早朝5時。朝食が廊下に運ばれてきます。その時に廊下から音がします。朝食の香りもしてきます。その時に目覚めるんですよ。目の前にあるのは病院の白い天井とカーテンなんです。

「あぁ…そうだった…入院して一人なんだ。」

毎朝この思いを繰り返し味わい続けていました。ホントに辛かった。

入院中の私は数十秒前の記憶が保てない状態です。妻がちょっと廊下に出ただけで「あれ?もう帰ったのかな?」と勘違いするありさま。そんなもボロボロの状態なんです。

そんな状態でも「朝日を見て寂しい」「妻がお見舞から帰ると寂しい」という気持ちが湧いていました。寂しかったですね。

日中殆ど昼寝をしていて、起きている間もぼんやりボーっとしているように見えていたと思います。何でも出来ませんので。

でも心の中では「寂しいなぁ…」「これからどうなるのかなぁ」なんて必死に考えていたんですよね。

寂しいばかりじゃない。嫌な事、悔しい事もあった。

「この負担は本来必要のないものだろう…」と入院中に感じて憤慨していたことがありました。

それは毎朝の教授と研修生の巡回です。ちなみに別途主治医の巡回もありました。主治医の巡回は必須ですけれど。

私ずっと不満を抱いていたんです「脳に病気をしたからと言ってさらし者にして良いものではないだろう?」と。

病院側はどう考えているのか分かりませんが、当事者の私としては「絶対にやめて欲しい」と憤慨していたイベントが毎朝ありました。

それは「教授と研修生の巡回」です。

「この方はエンジニアですが脳に…」

私は巡回で教授にこんな説明をされました。気分は完全にさらし者です。

「エンジニアは頭を使う仕事です。そのエンジニアが脳に障害を負いました。記憶を失いました。これからも記憶ができません。」

こんな感じに受け取りました。屈辱です。さらし者です。研修生は4人ほどいたかなぁ…

朝、ベッドで寝ているといきなりカーテンを開けられて囲まれるんですよ。

そして悲しい状況説明です。ああああああ…

表情はおとなしく変えずにいました。でも心の中では「やめてください」って何度もお願いしていました。

私は高次脳機能障害です。障碍者です。脳に障害があります。普通の人よりも劣っているから障害者なのかもしれません。でも、だからといって研修生の前でさらし者にするのはいかがなものかと思います。

本当にダメ。嫌で嫌で仕方がありませんでした。

一見ぼんやりしていても、頭の中ではいろいろ考えています。感情があります。悔しいという気持ちがあります。恥ずかしいという気持ちもあります。脳に障害があってもプライドがあります。

それを無視して踏みつけるような行為は許容できません。

高次脳機能障害者でも感情があります!

そこを忘れないで欲しい。

「一般病院では、高次脳機能障害に対して全般的な理解の不足が生じていた。」

これは、私が訴えた内容とは別の部分を差していると思います。きっと「当たり前のことを覚えていない」や「目の間にモノがあっても気が付かない」的な内容だと思います。

喋るのが遅くなります。動作もゆっくりになります。すぐに泣きます。おこります。まるで幼児のようにみえるかもしれません。

でも、中身は立派な大人です。脳の一部の能力が欠けているだけ。脳が傷ついたために体の動作が遅くなっているだけ。それだけなんです。

考え方、ポリシー、信念、経験などは、立派に大人のままなのです。

高次脳障害者を相手にしてもなめてかかってはいけません。見た目で判断してはいけません。

相手は大人ですよ。

幼児ではありませんよ。

このあたりを抑えていないと、高次脳機能障害を理解するのは難しいのかもしれませんね。

見た目と中身が違うのか高次脳機能障害ですから。

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