【もう疲れた】「高次脳機能障害には今の仕事は無理」主治医の言葉と4年半頑張り続けた現状は…

高次脳機能障害 体験談

高次脳機能障害になって4年半です。とりあえず状況は落ち着いています。

治らないから障害なのですが、いつも「治ったかな?」なんて考えています。なぜなら少しずつやれる範囲が広がってきているからです。

退院して間もなくの頃は本当に記憶力が壊滅していました。同じ内容のメモを色々なメモ帳に書き散らして訳が分からなくなったりするのは日常茶飯事。

高次脳機能障害になると「メモを取りましょう」と言われるのですが、メモをとるのは相当高難度ですね。メモをとれるようになったら半分健常者に足を突っ込んでいるレベルかもしれません。まぁそれでもミスをしまくるのが高次脳機能障害の特性なのですが…。私はメモ魔ですがそれでもミスは発生しまくっています。

必死に欠けてしまった記憶力のフォローとしてメモを取り、何とか病前の仕事をこなしてきました。だいぶうまくこなせてはいると思います。

でも時々思うのです「高次脳機能障害がある人がする仕事ではない。」という急性期に入院していた大学病院の主治医に言われた言葉を…。

「いや、そんなことはない!自分ならできるはず!!」

今まで長く生きてきて何度も壁にぶつかってきましたが、そのたびに工夫の粘り強さで困難を乗り越えてきました。だから今回の高次脳機能障害も乗り越えられると信じていました。そうやってこの4年半の障碍者生活を送ってきました。

「コンピュータシステムを作る仕事」という、高次脳機能障害者には絶対に無理でしょ?という壁と向き合って戦い続けてきました。

でも、最近とても疲れています。妻が見ると相当疲弊しているそうです。さすがの私も「疲れた」と思うようになってきました。

なぜそんなに疲れているのでしょうか?

「高次脳機能障害なのに無理をしているからでしょ?」

一言で言えばそうなるのですが、ではなぜ高次脳機能障害で適性の合わない仕事をすると疲れ果ててしまうのか?そこまで考えたことはあるでしょうか?

理由を細かく突き詰めて一つ一つ明らかにしていかないと気持ちが収まりません。この辺りのこだわりも高次脳ゆえなのかもしれません。

でも理由を明らかにするのは私自身のためになるし、同じように仕事にこだわってしまう高次脳な人の周囲にいる人の参考にもなるかもしれません。だから今回は私の高次脳現状と、なぜ疲れ果ててまで仕事をしてしまうのか?について書いてみたいと思います。

際限なく仕事をしてしまうのはなぜ?

私はいつもいつも「疲れた顔をしている」と妻に指摘されます。以前は疲れの自覚がありませんでしたが、最近は「そうだねぇ。疲れているよ…」と疲れを自覚しています。

「疲れを自覚しているのなら休めばいいじゃない。休憩をとればいいじゃない。」

普通の人はそう考えます。私だって人から「疲れているよ」と言われたらそう考えるでしょう。

でも自分の事になると違うのだと認識しています。疲れても休めないのです。

以前は疲れそのものの認識ができませんでした。だから休憩ゼロで一日中働き続けました。昼飯も夕飯も食べずに水も飲まずに働き続けていました。

異常でしょ?危険でしょ?そうなんですよ。このレベルで仕事をし続けてしまうのです。さらに付け加えれば真夏の暑い中エアコンもつけずに窓を閉め切って汗をだらだらかきながら仕事をし続けていました。

常識的に考えればありえない事。馬鹿な事です。そうなんですよ。私の障害はこのようにあり得ないレベルで集中してしまう。自分の命が危険にさらされていることにすら気が付けない【過集中】の注意障害だったのです。

なぜそこまで仕事に過集中していたのでしょうか?

その当時は「絶対に自分に障害があると思われたくない。役に立たない奴と思われたくない。」そのような意地が原動力になっていました。

障がい者になり沢山のモノを失いました。それでも「何十年と積み上げてきた力を失ったとは思われたくない。失ってはいないはず。昔のようにやれるはず。」

この事実をなんとしてでも証明したかったのです。

高次脳に合わない仕事をし続けるとどうなる?

自分の能力が欠けていない事。まだまだ戦えることを証明するために意地を張り続けました。

根拠なく意地を張っていても仕方がありません。以前と遜色なく仕事ができることを証明し続けなければなりません。だから仕事を完璧にこなすための工夫を散々重ねまくりました。

おかげで何とか大きなミスを犯さずに、昔と同じぐらいのペースで、同じレベルの仕事をこなせる様になりました。

大変喜ばしいことです。大満足。私の心は守られたのです。

私は「私が障碍者だから能力が欠けている」と見下されるのがとても我慢なりません。実際に見下してくる人がいるのです。だから絶対に負けないために意地を張り続けました。戦い続けました。

そう。私の仕事は毎日が闘いです。健常者が何も意識せずに行う仕事にも細心の注意を払いつづけています。ミスしないように。ミスしないように。

そのために常に工夫に工夫を重ね続けています。

絶対に負けられないのです。ミスをすれば必ず指摘されます。

「あいつは脳に障害があるからミスをする。」

一つミスをすれば、他の全ての成果も疑われます。

健常者なら10ある仕事のうち1つ2つミスをしても許されます。

障碍者は100ある仕事のうち1つミスをしたら終わりなのです。私はそう認識しています。

毎日がプレッシャーです。きついです。疲れます。

その結果が過集中なのかもしれません。過集中して疲れ果てる。その結果ミスが起こる危険性が増える。だからミスしないようにさらに集中する。

今はある程度で仕事を切り上げられるようになりましたが…それでも夕方はふらふらになるようです。自覚するときもあります。

どれだけ必死に仕事に取り組んでも永遠に心が満たされない

私の障害の厄介な所は不安が尽きない。点にあります。

疲れ果てて発狂状態になるまで過集中する原因はここにあるのでしょう。

  • 入念に入念に…
  • 絶対にミスしてはならない…
  • ミスを犯せば障害者呼ばわりされる…
  • 記憶障害ならメモだ!メモだ!メモをとれ!

毎日こんな感じで仕事を進めています。ここまですれば万全でしょう。でもね不思議な現象が起こるのです。

「あれ?このメモって何だろう??」

わかりますか?これなんですよ。

  • 自分の書いた覚えのないメモ。
  • 解読不能なメモ。
  • 同じ内容のはずなのに微妙に違うメモ。
  • 肝心な部分が抜けているメモ。

メモとしての要件を満たしていない。異常なメモが時々発生するんですよね。

メモを取っているときはきっちり完璧に書きあげているはずなんです。ところが時間が経過してから確認すると「なんだこれ?」となることがあるんですよ…。

こうなるとお手上げです。なぜそうなるのか。わけが分かりません。こういうのが最近でもごくまれに発生します。以前はとても多かったですよ。

少しずつ状況は改善しているとはいえ、このような地雷が設置してあると、メモを100%信用できないのですよ。常に不安感に襲われます。

だって「自分が今していることって果たして正解なのだろうか?」「また要望と違うことをしているのではないのかな?」そんな不安に襲われてしまうのですから。

とにかく今の仕事は「心が休まらない」です。仕事には緊張感が必要です。当たり前です。でも緊張感のレベルが違いすぎます。健常者時代と障害者時代で全く同じ仕事をこなしている私だからわかります。断言できます。

【健常者が抱く仕事への緊張感と、障碍者が抱く仕事への緊張感の質は違います。】

違いを上手く言語化できませんが感情がそう判断しています。

私は常に不安を抱いて仕事をしています。心配で心配で仕方がない。休みの日も心配に襲われます。だから私は1週間丸々休みなしで働いたりするのかもしれません。昼間はやることが盛りだくさんだし、夕方以降は疲れ果てて何も考えられなくなりますから。

障害ゆえの不安から逃げたくて仕事をし続けているのかもしれませんね。

こうして文章にまとめて整理すると、すっごい空しいです。

現状のやり方では、永久に心が満たされることはなさそうです。

それが高次脳機能障害者である私と仕事の現実なのでしょう。

「高次脳機能障害にある私に今の仕事は無理」

そう語った主治医はここまで見越していたのかは分かりませんが

「無理してるなぁ…疲れた。」

4年半死に物狂いで復帰を目指して働き続けた正直な感想です。

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