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1年続けた高次脳機能障害のリハビリを終了しようと思った理由

高次脳機能障害 体験談

インフルエンザ脳症の後遺症で高次脳機能障害になってから1年が過ぎました。

去年の今頃は退院直前で色々準備を進めていたころだと思います。「やっと退院できる~」ってワクワクしていたと思います。退院後に散々地獄を見るんですけどね…。

その後は春からグループリハビリと作業療法をうけながら、念願の運転再開も果たすことが出来ました。

易疲労が残っているため「こまめに休憩せよ」の制限がありますが…。

そんな私ですが今こう思っています。

「そろそろ千葉リハの作業療法を終わりにしても、いいんじゃないかな?」と。

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なぜリハビリを終了しようと思ったのか?

改善の見込みがないとか、そういう後ろ向きな理由でリハビリを終了しようと思ったわけではありません。

純粋に「もう必要ないのでは?」と感じたからです。

私が今一番困っている後遺症は「易疲労」です。この疲労は運転をしたときに顕著に現れます。通常の生活ではほぼ気にならないレベルになっています。

だからこう考えました。

「私は初めて免許を取った時にも、疲れてぐったりして寝込んだ。今はそれに近い状態になっているだけなんじゃないのかな?」と。

運転も慣れれば脳の耐久力が付いて、一番の悩み事の易疲労も解消するのではないかな?と思ったのです。

大学病院の先生の易疲労への見解は?

昨日は大学病院での診察でした。ちょうどよい機会だと思い聞いてみました。

「易疲労ってそのうち治るものなんですか?」

回答はこうでした

「治りますよ」「今だって以前と比べたら全然平気でしょ?」

インフルエンザ脳症から1年|最後まで私を苦しめ続ける後遺症
インフルエンザ脳症発症から1年が過ぎました。 去年の今頃は入院中でしたが、頭もだいぶはっきりしてきて、退院の日程が決まったあたりだったと思います。 頭がはっきりしてきたといっても、入院当初に比べたらです。 もうね、周囲から...

確かにそうです。以前は漫画の1ページ目でグッタリでした。おかげで退院したらすぐに読もうとしていた進撃の巨人の続きが読めなくなりました。確かサシャが倒れたあたりです。そこで進撃の巨人のストーリーは途絶えています。続きが気になります。

大学病院の主治医は「治りますよ」と言ってくれました。

千葉リハの作業療法士さんに易疲労を聞いてみたら?

今日は千葉リハの作業療法の日です。作業療法士さんにも聞いてみました。

「易疲労ってそのうち治るものなんですか?」

「治りますよ」

大学病院の先生と同じ答えが帰ってきました。

さらにこのような説明を受けました。

  • 運転での疲れは、繰り返し運転をすれば良くなってくる。
  • 免許を取った直後と同じ。
  • 緊張がほぐれてくると脳もリラックスできる。
  • 体力づくりも関係がある。

脳がここまで回復したのなら、運転での疲労は鍛えれば改善するもの。と認識しました。コツコツと努力すれば補えるものです。次のステップへ進む希望が見えてきました。

高次脳機能障害後遺症対策の次の目標

私の最終目標は「運転で長距離を走れるようになる」です。

そのためにすることは体力づくりと脳への刺激です。

具体的に何をするのかと言うと

  • ちょこちょこ車を運転してこまめに短距離を走る。
  • 可能な限り毎日自転車に乗り体力づくりをする。

この二つとなります。

昔、免許取り立てだった頃も神経疲労でぐったりしたので、毎日「運転練習」と称して30分程度ドライブをしていました。また同じことをすればよいだけです。

かならず宮城の実家へ車で帰れるようになるはずです。ここまで出来たら、散々迷惑をかけた方々に「完全に治りました!」と挨拶回りに行けます。だから頑張らなければなりません!特にあいさつ回りは絶対にしなければなりません。

ここまで来たら作業療法はもう終了?

最大の関心事である運転の話ばかり書きましたが、今日は作業療法士さんに「そろそろリハビリを終わりにできますか?」と伝えました。リハビリセンター内で相談してくれるそうです。

自分的には「脳のリハビリはゴールに到達した。」そういう認識です。「満足した。おめでとう!」状態です。

運転再開はインフルエンザ脳症で脳が腫れ上がり、記憶力が全くのゼロ状態でだったときに、自らが設定したゴールです。意識がハッキリしている今でも、やっぱりゴールは同じです。

ちなみに…記憶力がゼロの時はこんな感じでした
・救急車で一緒につきそってきた子供に対して「学校は?」と繰り返し聞く。
・仕事先に「今日は休みます」と繰り返し電話をかける。
・記憶の心理検査では100人中100位。
・妻がちょっとトイレに行ったことすら忘れる。
・自分の部屋番号が思い出せない。
・MRI装置の形が思い出せない。
・話したこと、聞いたことを全く覚えていない。

最大の敵である易疲労が残っていますが、これは自分の体力づくり次第だと思っています。易疲労が解決すれば注意力・記憶力低下も防げます。あとは何が問題があるかなぁ???もしあっても乗り越えたいです!
そんなわけで、今日は「ついにリハビリに終わりが見えてきた」というお話でした。

もし、作業療法が完了したら、このブログには千葉リハへの報告もかねて運転の状況を書き続けたいと思います。どうやって長距離が走れるようになるかの道筋です。「ブログを書くこと!」って言われていますし。書くの好きですし。

最終目標は千葉~宮城間往復1100Kmの帰省です。ここまでは必ず書き続けます!

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