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「自分には価値が無くなった…」高次脳機能障害になってからの生活を振り返る

高次脳機能障害 体験談

インフルエンザ脳症で高次脳機能障害になってから1年と5ヶ月が過ぎました。

幸いにも時間の経過とともに障害の度合いが回復している実感があります。頑張れば脳はどこまでも回復し続けるようです。そう実感しています。

と同時に「これは相変わらずダメなんだなぁ。」というのも見えてきました。

さらに…高次脳機能障害の状況とは直接関係は無いのだけれど、間接的にダメになってしまったものも出てきています。こういうのは二次障害って言うのかしら?

高次脳機能障害は人によって状況がばらばらなので参考になるかどうかは分かりませんが、「障害を負ってから1年と5ヶ月でこのぐらい変化するんだよ。」という目安になればいいな。と今現在の困りごとをまとめてみました。

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高次脳機能障害になって1年5ヶ月経っても元に戻らない変化たち

カレンダーが正確に思い出せない

もともと「今日は何日だっけ?」「今日は何曜日だっけ?」とパッと日付が出てこないタイプでした。

なぜかと言うと、自営業で基本的に自宅で仕事をしているかなのだと思います。

スケジュール管理はEXCELでTODO管理をしています。EXCELを開くときだけ今日の日付とやることを意識します。用事を終えたらチェックをつけます。

毎日の活動がそのようなシンプルな管理で行っているため、日付や曜日の概念をあまり必要としていなかったんですよね…。

そんなわけで、もともと弱かったカレンダー管理が高次脳になってますます悪くなった(?)感じです。

でもまぁ基本的に困っていません。今までと同じように道具を使って管理すればいいだけなのですから。

自分の行動に自信が持てない

カレンダーとはうって変わって高次脳機能障害になってから最も強く感じている困りごと。

その一つに「自分行動に自信が持てなくなった」というものがあります。

元々私は自信家でした。「自分がやろうと思ったことは何でもできる」「常に新しいことに挑戦し続ける!」「常に勉強だ!」こんな感じだったんですよね。

だからと言ってグイグイと前に出て発言をしたり、人を引っ張っるようなタイプでもありません。舞台裏でひっそりと手伝いをするようなタイプです。

周囲からは「一見おとなしく御し易そうに見えるのに、深く付き合ってみたら頑固な人だった。」そんな評価。

健常者時代は自分の行動に絶対的な自信を持っていたんですよね。小さいころから成功体験を何度も積み重ねてきた結果なのかもしれません。

でも基本的に小心者で心配性。だから表舞台に出てストレスを感じるようなことは避ける。危ない橋は渡らない。そういう感じです。

そんな私でしたが…。高次脳機能障害になってからというもの、何をやっても失敗の連続。周囲には迷惑をかけまくり。やればやるほど足を引っ張りまくる。そんな毎日を過ごしてきました。

もともと小心者です。それを努力でカバーしてきました。でも高次脳機能になった途端、何をやっても失敗する。成功させるための努力がまったく通じない。

「自分はやれるはず!今までもこつこつ努力をして乗り越えてきたじゃないか!」

過去の成功体験を思い出して努力を重ねます。でもなぜかうまくいかない。自分の感覚ではうまくいくはずなのです。でもダメ。失敗ばかり。

訳が分かりません。

今まで意識せずとも出来ていたこと。小心者だった自分が唯、他者に誇れるもの。「努力で乗り越える」が出来なくなった。通用しなくなった。それどころか、やればやるほど周囲への迷惑になるようになった。。。

こうして

「自分は行動を起こしてはダメなんだ。」

そう考えるようになっていきました。

障碍者になった途端、常に不安感を感じる毎日

とにかくやることなすこと失敗だらけ。なぜなら…

  • 記憶障害のために物事を正確に思い出せない
  • 注意障害のために正確に思い出せていないことに気が付けない
  • だから思い描いたゴールにたどり着けない(遂行機能障害)

物事を正確に思い出せないのなら、フォローできるようにメモを活用するとか、人に頼るとかすればいいじゃない。そう思うかもしれないけれど…、

私が最も障害を感じたのは、技術的な仕事を行う時です。特別な技術が必要。家族にフォローできる代物ではありません。さらに自営業です。まさか取引先にフォローをお願いするなんて…ダメでしょう。信用が一気に無くなります。だから絶対に自分一人で解決しなければならない。そう考えていました。

これもまた遂行機能障害の一つなのだと思います。

「こうじゃないとダメなんだ!」

一度そのように頭の中にインプットすると変更できないのです。不思議ですよね。もっと柔軟に考えればいいのに…って思うかもしれませんね。

それが出来たら障害ではありません。出来ないから障害なんです。

「車椅子で階段を登れないのなら、歩いて階段を昇ればいいじゃない。」

言いますか?言いませんよね?

私に対して「人に相談すればいいじゃない」という言葉は、まさに「車椅子で階段を登れないなら歩いて登ればいいじゃない。」に匹敵します。

しかし、この問題も時間の経過とともに障害の度合いが回復していきました。「こまったら人に相談する」が出来るようになります。問題を解決できるようになったわけです。

これが障害の克服なんでしょうね…。普通の人には当たりのな事かもしれません。でも出来ない私にはできないのです。

なぜ障害を持ったら人に相談できなくなったのだろうか?

「困ったら人に相談する」これが出来たら障害を一つ克服したことになりますね。だって困っても自分で解決できるわけですから。困らなければ障害ではありません。

なら「困ったら人に相談しなよ」って声掛けをするのはどうでしょうか?

この声掛け。安易にしないほうが良いんじゃないかな?と思います。少なくとも私は受け入れられませんでしたし、人によっては危険な言葉の声掛けになりそうだと感じています。

なぜでしょうか?その理由を書いてみます。

劣等感が強くなった

1年前の私は高次脳機能障害になり、出来ないことが沢山あることを自覚し始めた頃です。絶望感のどん底です。生きる気力もあるのかないのか…そんな状態です。幻覚のようなものも見ていました。

「自分はダメになった」「生きている価値がない」そう考えたこともあります。でも何とかあきらめてはいませんでしたが…。

例えるなら地獄の底でのたうち回っているような状態です。

無意識のうちに自分自身で「自分は一番下」というレッテルを貼っていました。だから私以外の人間は全て自分より立場が上になります。

「人から見下されている」

周囲には私を見下す人なんていなかったです。自分が勝手に劣等感を抱いてだけです。私自身も障碍者を差別しようなんて考えたことがありません。

でもいざ自分が障碍者になると「自分はダメになった」と考えてしまったようです。

確かに以前の自分と比べたら能力が下がっています「ダメになった」は事実です。でもあくまでも自分の中での比較です。人からそう評価されたわけではありません。

でもこの考え方が私を支配しました。

「自分はダメになった。価値が無くなったのだ。」

と…。

妻をさんざん泣かせた言葉です。

人を疑うようになった

劣等感の塊になると、周囲の人すべてが敵に感じるようになりました。そんなことないのに…不思議です。

「どうせ見下されているんだろうな」

そう考えるようになりました。完全に負のサイクルに入っています。記憶障害と易疲労の負のサイクルに続いて、二つ目の負のサイクルです。もう滅茶苦茶ですよ。

もともとのプライドと小心さ。健常者時代はこれが良い方向に作用していましたが、今となっては私を追い込む負の原動力になってしまいます。今でも時々この感覚に襲われます。しんどいです。

障碍者差別に敏感になった

「自分が見下されている」と感じるようになると、「障碍者差別」に敏感になり始めました。

ツイッターを始めて数か月が経過した時期かな?とある事件が起きました。マスコミは犯人についてこのように報道しました。

「部屋から精神障碍者手帳が発見された」

この一言が強く心に引っかかりました。健常者時代は何とも感じていなかったのに…。

事件に関連するツイートが流れてきました。

「やっぱり精神障碍者の〇〇〇〇か」

ショックでした。

私は高次脳機能障碍者です。犯人の部屋から発見された精神障碍者手帳と同じものを持っています。でも絶対に事件を起こしません。他の精神障碍者手帳保持者も同じでしょう。みんな今を生きるのに一生懸命だし常識的です。事件なんて起こしませんよ。

でもいかにも

「精神障碍者手帳保有者は事件を起こす」

そんな印象を持たせるレッテル貼りと、それに乗ったツイート。

「私はそういう目で見られる人間になったんだ」

この時はとても悲しかったですね。怒りなんて1mmも湧いてきません。

正直に悲しさを伝えるリツイートをしました。

「差別されて悲しい。」と。

私はインフルエンザで脳に傷が付いて高次脳機能のバランスが崩れただけ。(ダケとはいうけど…超大変です)。

毎日、以前の自分を取り戻そうと不安と戦いながら努力。それなのに殺人事件の犯人と同じ扱い。悲し過ぎます。

なすべきことをしていない焦りに追われている

病院を退院してから今まで、少しずつ確実に以前の自分を取り戻してきている実感があります。

本当にゆっくりと時間をかけたペースだと思います。私がのんびりと回復に全力を注いでいられるのは、周りの皆さんに支えてもらっているからです。ずーっとずーっと支えられています。

とても嬉しい。嬉しいのだけれど…とても長い時間をかけて回復に専念してきているため焦ります。

  • あせりは禁物です。
  • あせってはまた失敗します。
  • 失敗するとせっかく積み重ねてきた自信が崩れてしまいます。
  • 心は積み重ねてきた自信に支えられています。
  • 心が崩れると…また1年前に逆戻りするかもしれません。

「自分には価値が無くなった」

地獄のどん底のセリフ。こんな悲しい言葉は二度と言いたくありません。

だから

  • 「焦らない」
  • 「確実にゆっくり」
  • 「成功体験を積み重ねる」

そう自分に言い聞かせています。1年前に「焦るな」と言われたときは意味が理解できなかったのですが、ようやく答えが見えたようです。

頑張れと言う言葉

「頑張っている人に頑張ってと言ってはならない。」

この言葉をどこかで聞いたことがあります。「意味を私に当てはまるとこうなるんだなぁ」と考えています。

自画自賛かもしれませんが私は相当頑張っています。

これ以上頑張ると一生寝たきりになると医者が家族から止められたこともあります。

頑張りすぎてパニックを起こして家族を泣かせたこともあります。

だから、ムリはしてはならないようです。

でも頑張らなければなりません。だって早く元の世界に戻りたいから。

だからといって無理をして頑張ると…

  • 逆にパフォーマンスが低下する。
  • 障害が悪化する。
  • 際限なく頑張る自分を止められなくなる。

と、地獄の負のサイクルに陥ります。

でも頑張らなくてはならないんですよね。回復するためには。

頑張ってはならない制限の中で、頑張らなければならない。このバランス取りがとても大切なんだと思います。

そのためにもまずは「疲れの自覚」と「疲れたら自発的に休めるようになる」ですね。これが自分を最高の状態に導く秘訣なのだろう考えるに至りました。

まだ全快はしていません。運転の制限もまだありますしね…。でも回復はし続けています。

1年5か月前は「自分には価値が無くなった」と絶望していました。今はようやく「まだやれることはある」と思えるようになるまで回復してきました。

そんな私に自分で言い聞かせます。

「頑張れ私。負けるな私。まだまだ回復できるぞ!」

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