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高次脳機能障害からの脱却|また少し前進できたかな?そう思ったエピソード

高次脳機能障害 体験談

「高次脳は薄皮を一枚ずつはがすように回復する」

高次脳機能障害を解説する本に書いてありました。

それを知ったのは退院後すぐでした。妻が図書館から高次脳の本をいろいろと借りてきていたんですよね。

その頃は本を読むことはできていたので、何度も読み返しました。

ちなみに退院直後は激しい映像のテレビを見たり、大好きだったプレステのゲームをすると、あっという間に強いめまいに襲われてグッタリするような時期でもあります。

本を読んで思いました。

「本当に良くなるのかな。良くなればいいな。良くなって欲しいな。」
「いや絶対良くなっているよ!。今すぐ中断した仕事を再開できそうだし!」

こんなことを考えていたんですよね。

実際はこの通りです。出来るはずのことが出来なくなっていてパニックを起こしました。

https://hiroxy.net/koujinou_taiingo/post-889.html

あれから3年を迎えようとしています。(たぶん。記憶が飛んでいるためはっきりとした年数がわかりません。)

今はどうなったでしょうかでしょうか?

少しずつ。少しずつ。以前の健康だった頃の自分に向かって進めているようです。

そう思える理由は仕事の進み方です。明らかに以前よりも速く。そして複雑なことが出来るようになっている実感があります。

ちょうど今は、私自身が健常者時代に作ったお客さんのシステムに、新しい機能の追加を試みているところです。

お客さんは要望を口にすることが出来ません。大抵はそうなんです。頭の中には「こうなったらいいなぁ」って理想があるのですが、明確じゃないんですよ。

だから「こういうのがあったらいいのになあ」というレベルの言葉しか出てきません。

私の仕事はそんな細い糸のような、もやもやしているお客さんの要望を具現化する事です。お客さんが言葉にできない欲求を目に見える形にしてあげるんですよね。それが得意でした。

これって果たして高次脳の私にできるでしょうか?

大学病院の先生からは「無理」と言われました。

でも

無理ではなかったようです。たった今、現在進行形で、今まで通りに出来ているのを実感しています。

こんなことも言われました。

「元の能力には戻ることはない。せいぜい8割の能力でしょう。」

この言葉は私を苦しめました。

そして家族はこういうのです。

「能力。もったいない事をしたね。」

まるで死刑宣告です。傷口をぐいぐいと広げてきます。

「エンジニアとしてはもうやっていけないのだろうか。」
「そんなの嫌だ!」

必死に食らいつきました。ダメになった実感はあります。能力が落ちた実感があります。

いや、能力が落ちたなんてレベルではないです。

まともに思考を巡らせない頭になっていましたから。だって、時間が巻き戻るんですよ。そして巻き戻ったことに気づけないんですよ。だから周囲に強制的に停められないと、無限に作業を続けしまうのです。

とても危険な状態。そんな地獄のような状態を経験しました。

あれから3年(2年?)がたちました。

昔の記憶がどこかに行ってしまっているのは置いておくとして、最近の記憶はかなりはっきりしています。健常者時代と遜色ないんじゃないかな?って思っています。

妻も何も言わなくなりましたし。

仕事もスムーズに進んでいます。新しい仕事もできています。特に困るようなこともありません。問題が発生しても止まることがありません。解決できます。

これでも私には「精神障碍者福祉手帳」は必要なのかなぁ?って思います。次の千葉リハの診察で何か言われるのかな?何も言われなければそのままなんでしょうけれど。

私が公的に認められるかどうかは、妻の一言がカギを握っていそうな気がします。

妻が「なおりました」と言えば、私は精神障碍者ではなくなるんだろうなぁ。って思っています。

その日はいつ来るのか。

それとも「治らないから障害」という言葉通りに、一生障碍者のままなのか?

この先がきになります。

でも…気になったとしても、事実上困っていません。困っていないのに障害があるっていうのは変ですけれど。

今はコロナで動けないのがきついですね。

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