高次脳機能障害を克服していった私の原動力とは

高次脳機能障害を克服していった私の原動力とは

高次脳機能障害を克服していった私の原動力とは

インフルエンザ脳症になって3年目かな?今日は2021年2月24日。もうすぐ3月ですね。

 

近頃は健常者時代にできていたことが、再び出来るようになり始めて、前向きな気持ちになれる日が多いです。

 

それに後ろ向きな事ばかりブログやツイッターで発信しても良くないですものね…どんどん気分が落ち込んでいきますから。

 

今の自分の状況の中で、自分の気持ちを盛り立てるのって大変です。後ろ向きになって落ち込むのはすっごく簡単ですけどね…。

 

というわけで、なるべく前を向く。未来を向いて得意の「コツコツ積み重ね」をしている毎日です。

 

コロナの蔓延が私の社会復帰をさらに阻害しているような感じもしますが、被害を被るのは私だけじゃないですしね。仕方ないですよね。

 

障害を負って3年目で自分はどう変化した

相変わらず自信はないです。病前はいつも自信満々だったんですけどね。

 

数値にすると、病前:100% 現在:50% ぐらいでしょうか?

 

わたしは自己評価がとても高い!って千葉リハにて診察されています。それでも元気だったことの半分ですね。いつも怖いです。おびえて暮らしています。

 

何におびえているのかというと人の顔色とお金です。

 

もうね。本当にあほくさいと思いますよ。自分という存在の命砂を他人に握られている感じがするのです。まったくもって自立した状態じゃない。常に何かに依存している状態。

 

正直悔しいですね。なんなのでしょうねこの感覚は。思うに原因の一つとして、

 

「お前は障碍者だ!」

 

ってレッテルを張られた結果なのかもしれません。いやそれだけではないです。

 

「自分は障碍者だ!」

 

このように自分で自分にレッテルを張っていたんですよね。

 

     

  • 自分はダメになった
  •  

  • 自分は壊れた
  •  

  • 昔の自分はもういない
  •  

  • 昔の自分は良かった
  •  

  • 昔は
  •  

  • 昔は
  •  

  • 昔は…

 

もうこればかりでした。くやしくて、くやしくて…いやぁ、本当に悔しいですよ!!!!!!!

 

周囲はそのつもりはなかったと思います。でもどんな声掛けをされても「障碍者になったから下に見られている!」って感じていましたね。

 

もしかすると中途障害のアルアルなんですかねぇ?強くひがみやすくなるというか、ガラスのハートになるというか、自分を卑下しているというか。

 

今まではどんなことがあっても努力の積み重ねで跳ね返してきたのですが、記憶障害で積み重ねられなくなってしまいましたからね。自分の存在価値・心のよりどころを突然無くしてしまったんです。これはきついですよ。

 

もうね、周囲に何を言われても反論ができなくなるのです。周囲の考えが正しかろうが、間違っていようが関係ありません。

 

「周りは健常者。自分は障碍者。」

 

これってどんなに努力しても超えられない一線なのだな。って感じていました。想像してみてください。仮に自分が「1+1=2」と正解を出していても、周囲が「1+1=3」だったら、私が間違っているになるんですよ。

 

へんですよね?でもそうなるんですよ。さんざん悔しい思いをしてきました。

 

もうね。「普通に生活していた自分が消えてなくなって悔しい。」そんな思いをしているところへ「正解を言っても認められず悔しい。」のオプションまで付くんですよ。

 

どう思いますか?屈辱極まりないですよ…。

 

で、こういう辛酸をなめまくりながら誓ったんです「絶対に良くなってやる!」「障害を克服してやる!」って。

 

怒りって物凄いパワーを秘めています。毎朝吐きながら仕事を始められたのも、夕方お散歩をしながら泣いていたのも、きっと「怒りが自分を支えていた」のだと思います。

 

「現状が悲しくて。ではなくて、現状が悔しくて泣く。」

 

今思えば、そうだったのかなぁ?なんて…

 

もしかすると、私の勘違いで怒っていたのかもしれません。それでもいいと思います。ようは障害を克服できればいいのです。

 

昔、私は「凄い頑固だ!」と評価されたことがあります。自分としてはかなり柔軟なタイプだと考えていただけに驚きました。

 

でも今はよくわかります。私は凄い頑固です。とんでもなく負けず嫌いです。今回はその気性が良い方向に作用しました。

 

が…頑固すぎるというのも良くないですね。なんせ「昔は頑固」だった評価が今では「遂行機能障害」って評価されてしまいますから。

 

障害を負って3年目。

 

いよいよあこがれていた。高い壁だった昔の自分が帰ってきたのかもしれません。

 

嬉しいです。昔の自分は常に地震で満ち溢れていました。人の顔色をうかがうなんてありえませんでした。

 

今は人の顔色を気にしまくっています。つらいです。