高次脳になったら性格が変わった。些細なことで怒るようになった。辛い。もう元には戻らないのだろうか?こんな悩みをネットで見かけました。
辛いと思います。私も一時期怒りやすくなりました。その当事者です。
元々は穏やかな性格でした。障害を持つ前は、ほとんど怒るようなことってありませんでした。
特に妻にたいしては知り合って以来、怒鳴った事は1度もありませんでした。30年以上の付き合いです。
それが些細な事でスイッチが入ったように、怒りまくるようになってしまった時期があります。特に高次脳機能障害になってから半年間は酷かったです。
今は元通りの昔の性格に戻りました。妻を怒鳴るようなことは一切ありません。
なぜ、一時期と言えどもおこりやすく。というかキレやすくなってしまったのでしょうか?
障害を負ってからの自分を振り返ると、このような結論に達します。
全て自衛のため。自分の心を守るため。
どういうことかというと、怒りって恐怖から逃れるための本能。自衛手段の一つなのだと思います。
私が怒りやすかったころは、こんなことを考えていました。
↓
私、千葉リハで慢心が酷いと診察されましたが、同時に、凄い意地っ張りなんです。その意地っ張りが怒りとなって噴出したのだと考えています。
怒りも感情。感情と言えば失禁です。自分のプライドを守るための怒りが暴走しやすかったのだと思います。
状況は人によって、障害によって違います。だからこの記事の説明は私の怒りの感情の場合です。
すべての人に当てはまるとは思ってはいません。「こういう人もいるんだよ」という感じでで参考にどうぞ。
やりたいこと。当たり前に出来ていたこと。それらがある日突然出来なくなるのは、本当に恐ろしいです。
周りからの扱いも恐ろしいです。なんというか、酷い時には赤ちゃん扱いされるんですよね。
高次脳で一部の能力が落ちました。それは現実です。あたりです。
でもね。その他の健常な能力は人並みにあります。それなのに、すべての能力が欠けてしまったような扱いをされていました。
障害を負ったとしてもプライドは残っています。だから人に見下されたくない。そして見下されるような隙を見せている私も本当に情けない。
例えばPCの取り扱いや計算の能力など。私は自分の周囲にいる人達よりも優れていると自負しています。
きちんと得意なことや優れている部分があるんです。それなのに見下されるようになったのです。
その結果、心の余裕がなくなり、寛容さがなくなっていくのです。常にピリピリした状態です。腫れ物に触るような。ちょっとしたことで爆発するような。
そんな状態になってしまいました。
心に余裕がなくなったのは、周囲から見下されたのが理由だけではありません。常に不安で仕方がなかったです。
「治らないから障害」
この言葉をよく聞きました。これが本当に恐ろしかった。死刑判決を言い渡されているような気分になります。元通りに戻りたいと願う私にとって、恐ろしいプレッシャーになってのしかかってくるんですよね。
これって、私自身が障害を受け切れていない。受容していないから起こるのだと思います。障害を受けい切れていないから怖いのです。
常にびくびくするし、障害を持っていることにコンプレックスを感じています。だから些細なことでも恐怖です。
恐怖ばかりを感じていたら心が持ちません。振り払おうとします。その、自分を守るための行為が怒りの爆発だったのだと思います。
頭では障害を認めていました。でも心からは障害を認めていませんでした。
だから1年前は障害を持つ前の自分と、障害を負った今の自分を比較したものです。そしていつもこう思いました。
「昔はよかった。昔の自分ならできた。」
もうね、出来なくなったことへのいら立ちが酷かったです。「なんで出来ないんだよ!」「出来るはずなんだよ!!」いつもコレ。出来なくなったのを目の当たりにするのは恐怖と不安でいっぱいになります。
不安の大元はお金なのかもしれません。
障害を負ってしまった今、長年続けてきた仕事をやっていけるのか。転職するにしても障碍者雇用は安いです。ならば健常者として転職してみる?でもそれでやっていけるの?できなかったどうしよう…。本当に不安だらけ。
でも何とかしなければならないのです。今後の生活があります。子供がいます。葛藤の日々です。
「次の車を買おう!」と楽しみにしていた貯金。すべて妻に持っていかれました。通帳にはほんの少ししか残っていません…。(涙)
私自信。最近は感情が落ち着いています。怒るということはないですね。健常者時代と同じです。
恐怖のあまりに怒り狂っていた私自身が落ち着いた理由は【障害を受容したから】なのだと思います。
この二つを自分事として乗り越えた時が、障害の回復の始まりなんじゃないかな?と思います。運転の許可が下りたのもこれがきっかけなのだと思います。
ポイントは「自分事として理解できるか」ですかね。
私の場合は、上のようなプロセスを経て、恐怖から解放されました。その結果怒りが発生しなくなりました。
最初の頃は「昔の自分はもういないのだ。」と無理に言葉で納得させようとしました。
だから、頭では「そうだね」って納得します。でも心が受け入れないとどうしようもありません。
高次脳になるということ=生まれ変わるということ。病前の自分は死んだ。
ちょっときつい言い方ですけれど、私にとってはこう認識するのが腑に落ちます。
自分の障害を心から受け入れるまでには時間がかかります。
私のようなプロセスを経て、障害を受け入れていくのだと思います。
して怒りやすいのが落ち着いていくんじゃないのかな?なんて思いました。