私の障害は
この3つの高次脳機能障害だと思っていました。実際そのように診断されていますし。
記憶障害があると何に注意をすべきかを忘れます。易疲労でボーっとすると注意力がおちます。その結果として「上手く目的を達成できない=遂行機能障害」と流れなのだと思います。
ずっと、これで納得して対策を重ねてきたんですよね。
でも妻から話を聞いて気が付きました。見当識障害もあるようです。
いや、正確には「見当識障害があった」ですかね?今は大丈夫なんじゃないかなぁ…って思っています。が、自分でもびっくりな内容です。
そんなわけで今日は私の見当識障害のお話を、話を思い出せるうちにまとめたいと思います。
「見当識障害があった」とはいうものの、結局、それは記憶障害、注意障害の上に成り立っている障害と言うか、高次脳機能って全て連動しているわけなので、なんとなく似通ったものに感じるかもしれませんね。
でも私にとっては「全く違う障害」であって「それぞれが独立したイベント」であって「一つ一つが困り事」なんですよね。たぶん研究している人とか経験者なら分かってもらえるかなぁ?なんて期待しています。
そんなわけで、今の私が思い出せる範囲で見当識障害の実例を列挙してみます。
「これぞ見当識障害!」というべきかな?見本のような症例だと思います。
妻から聞いた話では、私は自分が入院している病院を尋ねられても、とんでもなく見当ちがいな名前を答えていたそうです。
答えていたのは「東邦鎌ケ谷病院」。私が入院していたのは「東邦佐倉大学病院」でしたけれど。
共通点はどちらも「東邦」と名前が付くところ。そしてどちらも「救急車で搬送された」経験のある病院なんですよね。
この二つの類似点から「自分は東邦鎌ケ谷病院に入院したのだ」と認識し田のだと思います。たぶん入院後3日間ぐらいはそう考えていたんじゃないかなぁ…。
このくらいの時期は、記憶が数秒しか保てない時期だったようです。そしていつ急変するか分からない緊急事態。本来ならSCU行きだったのではないかな?なんて想像しています。
しかし現実は、病院のベッドが一杯で入れず。ナースステーションがすぐそばの個室が指定された感じかな?
私、入院中に2回部屋を変わりました。
こんな感じですね。1か月の入院で3つの部屋を経験しています。
記憶障害が酷いときに部屋が変わるのってとんでもない事です。退院間近まで部屋番号が覚えられませんでした。
廊下に出る時は必ず腕に付けられたバンドを確認していました。部屋番号が書いてあるんですよ。
「506だな!よし!」って気合を入れてチェックをしていました。毎回。
部屋から廊下に出た時も、柱についてある部屋番号を再確認です。「506だな!よし!」ってやっていましたよ。そうしないと部屋番号を忘れてしまうのです。
ちょっとトイレに出る。歯を磨きに行く。湯飲み茶わんを洗いに行く…。 入院中でも歩けるようになると、うろうろし始めるんですよね。本当はダメだったみたいですが。
なぜダメなのかと言うと
実は私、それほど自分の状況が深刻だとは認識していませんでした。病識が無かったのです。「ひまだなぁ」って呑気に廊下を散歩していました。
実際は「今、急変したら、何時退院できるかわからない状態になる。」と妻が医師から伝えられていたそうです。
私は全く知りませんでした。だから呑気に廊下をぐるぐる散歩しまくっていましたよ。
一応「散歩なんてとんでもない!」状況だったようです。病識なしって恐ろしいです。
入院してしばらくの間は自分の家の住所が答えられずにいました。
心理検査の時か、毎朝の医師の訪問の時に質問されていたか…それとも妻に質問されていたのか…その辺りは思い出せないのですが。
妻曰く「住所を確認すると、昔済んでいたアパートの住所を答えていた。」そうです。
認知症の人が一人外に出てしまい帰ってこれなくなるのって、こういう事なんだなぁって思います。
自分の家の住所って答えられないんですよね。記憶から正確に出てこない。
浮かぶのは「若いころに済んでいた住所」なんです。もちろんその住所が間違っているという認識はありません。
最近は日付の概念は戻ってきているようです。きちんとスケジュールを立ててその通りに行動ができます。遂行機能はばっちりです!(自称ですが)
障害がひどい時は日付の概念は無くなっていました。
8月の真夏に「いまは4月?」って答えていたほどです。退院して半年間ぐらいはそんな感じでした。
「暑いとか寒いという感覚が無い」「季節感が無い」と妻には散々言われました。
真夏にエアコンを付けずに窓を閉め切り、汗をだらだら流していても「暑い事に気が付かない」レベルでしたからねぇ…。
こんな私に季節が分かるはずがありません。
目で見たときは「雪が降っているから、今は冬だ。」とその瞬間は理解します。
が、カーテンを閉めて暫くすると「今何月だっけ?」状態になるのです。
恐ろしくありませんか?私とまともに付き合っている周囲の方が気が狂ってしまいますよこれでは。
大きなスパンの季節の感覚が無いのです。遥かに細かい単位である「時間」につては…それはもう…絶望的でした。
完全に時間の流れがゆっくりになっていましたよ。
周囲から見たら私の動作は物凄いゆっくり。そして物凄くマイペース。そう見えたはずです。喋り方ものんびりしたモノだったと思います。
自分的にはきっちり時間通りにこなしている感覚で「常に超忙しい!」なんですよね。入院中も常に「なんでこんなに忙しいんだ!休む暇がない!」って感じていましたから。
ちなみに自分の動きが異常にゆっくりだったことを自覚したのは、障害を負って半年後です。その瞬間に動作が健常者時代と同じテンポに戻りました。突然のレベルアップです。
「なぜ自分の見当識障害に気が付かなかったのだろう?」
今になるとそう思えて仕方がありません。
そして今「見当識障害」に気が付きました。発症後3年8か月ぐらいですかね?今は。
またひとつ「自分の障害に気が付いた」分けです。
高次脳機能障害は気が付くのとても大事です。自分の障害を理解できる=障害の克服の始まり。だと思います。
リハビリセンターの作業療法は「障害の深さの度合いと、本人の気づき」の為に行っているのだと思います。
高次脳の本当の戦いは、障害を自覚した時がスタートなのだと思います。リハビリは障害を自覚するためのサポートなのでしょうね。(そのように想像しています)
私がしょっちゅう行う「勘違い」は「記憶障害」からくる「注意障害」が主だったものだと認識していました。
でも今は「さらに純粋な見当識障害も含まれている。」と認識しています。
高次脳機能は複数の機能が密接に連動しています。
季節感が無くなるのは見当識障害ですが、ある意味注意障害でもあるのではないかな?と思えるのです。
逆に言うと「注意障害があるのなら見当識障害もあるかもしれない。」となる可能性もありそうですね。