中途障碍者の就労は難易度が高そうだと思った理由

中途障碍者の就労は難易度が高そうだと思った理由

昨日千葉リハで診察を受けてきました。仕事の都合がつかず、日程が何回か延期になってしまいました。
診察の内容は、【自分が感じている現状を伝える】かな?
日ごろ感じている不平不満の掃き出しですね。心置きなく喋ってきました。千葉リハではこちらが言いたいことをすべてじっくりと聞いてくれます。
高次脳機能障害になったのが2019年1月です。今日は2022年10月なんですよね。3年と9か月が経過した時期です。
そんな私が抱く不平不満を一言にまとめるとこうなります。ちなみに仕事関係での不満となります。
【近くにいる人からの評価は良いが、距離が離れた人からの評価が不当に低い】
こうなりますね。どういうことなのか説明します。

障害はもう治った?近くで仕事をしている人達からの評価は良い

私は仕事をしています。主に自宅で工場で使用する基幹システムを作成しています。
「え?なにそれ?基幹システム??作成??」って思うでしょうね。とてもじゃないけれど高次脳の人ができる仕事ではないです。そういわれてきましたし。でも今現実に私はPCを使ってシステム開発をしています。
最初の頃はパニック状態になりましたが、は上手く乗り越える方法を編み出したので、今では何事もなく順調に仕事をこなせています。病気をする前と遜色ないペースで作業を進められます。
かなり特殊な作業です。技術力が必要ですし、頭を沢山使います。注意力・記憶力も沢山使います。だから仕事が終わるとヘロヘロになりますが、それでもシステムは完成させられるし、お客さんも喜んでいます。
で、これは一人で行っているシステム開発の仕事です。私はさらに掛け持ちで別の仕事もしています。週末は市の施設の事務所でも働いています。
そこでは最初の頃は「この人大丈夫かな?」という視線の中で仕事を進めていました。
口には出してはいませんが、そういう不安の眼ってわかるんですよね。
「疑われているなぁ…でも仕方がないか…」
「今は出来ることを確実にやり遂げるしかない」
そんな気持ちで、地道に仕事をしてきました。
暫くすると、疑いの目は晴れたように思えます。明らかに私の発言の影響力が広がってきているのが分かりました。
持ち前の技術力と障害をフォローして余りある工夫。この二つがうまい具合に職場の仕事にマッチしたんですよね。
仕事を始めて半年以上が過ぎましたが、今では私が作業の手本を示しているような状況です。
元々私は仕事の進め方をより良くするお手伝いをする仕事をしていたんですよね。先生と言われる方について歩いてセミナーを開いたりもしていました。
また、システム開発の仕事も、仕様の修正やら不具合の調整やら、複数から次から次へと要望がやってきます。そういうのを相手にやりくりしなければなりません。それを高次脳な私がこなせてきたほどの工夫です。
健康な人からみても「大変仕事がやりやすくなり、作業ミスが無くなるやり方」になります。
そんな職場でのミスを無くして、仕事を進めやすくる工夫を沢山行ってきました。まだまだやりたいことはあります。
そんな感じで働いているので、私と一緒に仕事をしている方々の評価は高いです。
もちろん障害があるので時々抜けることがあります。でも「そんなもんだよ!」と周りはフォローしてくれます。
ありがたい。ありがたい。
今の職場はとても仕事がやりやすいです。ずっとここで働いていたくなります。
それが私と直接仕事をしている人からの評価だと認識しています。
ところが…

お前は障害者だろ?…一歩離れた人からの評価が不当に低い

先入観って怖いですね。先入観は差別の源だと実感しています。
人のうわさ話と言うのは、悪い部分に焦点が置かれますね。なぜなら注意を必要とする情報への興味関心は、自分の身を守るために必要な術。生きるための本能なのだと思います。
だから、人は悪い噂に引き付けられる。いや、惹きつけられる。ですかね?どうにもあがらえない魅力があるのかもしれません。「秘湯の不幸は蜜の味」なんて言いますしね。
そんなわけで、「健常者だった私が障碍者になった」という不幸な話は、第三者には美味しい話に感じるのかもしれません。うがった見方をし過ぎかな?でも実際にそのように肌で感じているわけですし。事実ですし。
そのような不幸な障害者の噂話が大好きな人たちにとっては、不幸の度合いが大きければ大きいほど旨味を増すと思います。だから、どんどん不幸にしたい。不幸であるからには「障害ゆえに仕事ができない。」という特徴も必要でしょう。そうでなければならないのです。
だから、一歩離れた人たちからの私の評価は「あいつは仕事ができない」になるんですよね。そういう目で見られている実感はありました。
「ありました」という過去形なのには理由があります。
一部の周囲の日との願い。「私に障害者らしくあってほしい」とは裏腹に、「私は仕事ができた。」しかも「想像以上に」なんですよね。
慢心ではないと思います。結果を目に見える成果できっちりと積み重ねてきていますから。だから私に対して「障害者」という視線を送れなくなってきているような気がします。
以前私は誓ったんですよね「絶対みかえしてやる!」って。その目標を達成したのです。見事に見返しました。私の実力で。私は勝ちました。全くもって負けていません。よしよしよし!
実はこのような経験を散々してきました。障害を持つ前から。初対面時の私の評価って低いんですよね。たぶん大人しいからなんだと思います。ほとんど聞き客に徹して自分の意見を出すことはありません。
なぜなら無用なストレスを背負い込みたくないからです。意見が違う人はそのままでいいと考えています。自分は自分、人は人ってわけてしまうんですよね。私は。誤解があったら実力で示せばいい。直接言わなくても行動を見ればわかりますからね。
そんな感じで、ちょっと私から離れた人から見れば私の評価は実際からは数段低く見積もられます。昔からそうです。でも気にはしていません。実際は見た目よりももっと上で、いろいろなことができますから。
でも高次脳の就労の現場では、最初からフルパワーでぶつかっていきたいと考えています。そうしないと面接まで進めなかったりしそうですしね。良いお賃金がいただける会社に入りたいですし。
中途障害はしんどいです。全盛期時代の自分を知っているだけに。
でも嘆いてばかりいても仕方がないです。もうそのフェーズは過ぎ去りました。
だから前を見てがんばります!